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大阪地方裁判所 昭和51年(ワ)2133号 判決

原告

澤昭二

右訴訟代理人

大阪谷公雄

平山茂

右訴訟復代理人

小西久禄

被告

澤巖

右訴訟代理人

板持吉雄

外八名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一被告が、昭和四八年一〇月一日当時、訴外日交大阪の代表取締役であり、同年一一月一五日当時、訴外日交整備の代表取締役であつたこと、原告が、訴外日交大阪および訴外日交整備に対し、それぞれ昭和四九年九月一〇日に到着した書面をもつて、被告に対する商法第二六六条第一項第五号に基づく損害賠償責任を追及する訴を提起するよう求めたこと、原告が右請求の時以前の六か月間引続いて右訴外各会社の株主であつたこと、右訴外各会社は昭和四九年九月一〇日以降三〇日間を経過しても被告に対するその責任追求の訴を提起しなかつたことは、いずれも当事者間に争いがない。

したがつて、原告の被告に対する本件各訴は適法に提起されたものと認められる。

二昭和四八年一〇月一日付で訴外福栄産業から訴外日交大阪に対する本件第一土地の所有権移転登記手続がなされたこと、その登記原因は同年九月二六日付売買であつたこと、右売買の契約書の作成日付は同年八月一日であつたこと、当時の訴外日交大阪の代表取締役は、被告、同取締役は訴外澤典夫、同澤広行、同槇要、同藤岡助八であり、訴外福栄産業の代表取締役は、被告、同取締役は訴外澤典夫、同澤広行であつたこと、被告が、同年一〇月一日、訴外日交大阪の代表取締役として、本件第一土地の所有権移転登記経由に課せられる登録免許税四八三万五四〇〇円を納付し、右移転登記手続を依頼した司法書土に対しその手数料として少なくとも三万七九六五円を支払つたこと、同年一一月一五日付で訴外福栄産業から訴外日交整備に対する本件第二土地の所有権移転登記手続がなされたこと、その登記原因は同月五日付売買であつたこと、当時の訴外日交整備の代表取締役は被告、同取締役は訴外澤典夫、同青海隆盛であり、訴外福栄産業の代表取締役は被告、同取締役は訴外澤典夫、同澤広行であつたこと、被告が、同月一五日、訴外日交整備の代表取締役として、本件第二土地の所有権移転登記経由に課せられる登録免許税一六九三万八四〇〇円を納付し、右移転登記手続を依頼した司法書士に対し手数料として少なくとも八万四三三〇円を支払つたことは、いずれも当事者間に争いがない。

また、〈証拠〉によれば、本件第一土地および第二土地の前記各売買契約の締結につき、訴外日交大阪、同日交整備、同福栄産業の各会社において、それぞれ同年七月二三日に取締役会の承認決議がなされたことが認められ、〈る〉。

さらに、〈証拠〉によれば、昭和四八年一二月二四日原、被告間において、訴外福栄産業が同年五月二九日以降同年一二月二四日までになした不動産の処分行為(前記本件第一土地および第二土地の売買を含む)を速やかに取消し、かつ、速やかに錯誤に基づく回復登記を訴外福栄産業に対して経由することを一条項とした協定書が作成されたこと、右協定に基づき、昭和四九年一月三〇日、本件第一土地および第二土地について、それぞれ昭和四八年一二月二四日付合意解除を原因とする前記各所有権移転登記の抹消登記手続がなされたこと、その後昭和四九年五月二七日、当庁において、原告主張の後記訴外福栄産業の株主総会決議取消請求事件(昭和四八年(ワ)第三九二五号事件)につき、右事件の原告であつた本件原告、同事件の被告であつた訴外福栄産業、その代表者兼利害関係人としての本件被告、および利害関係人澤二郎、同澤貞子、同深田弘子間において裁判上の和解が成立したこと、右和解の一条項として福栄産業が昭和四八年五月二九日以降昭和四九年四月二七日までになした不動産の処分行為を速やかに取消し、かつ、速やかに錯誤または合意解除に基づく回復登記をすることが合意されたことがそれぞれ認められ、他に右認定に反する証拠はない。

三そこで、被告が、訴外日交大阪又は訴外日交整備の各代表取締役として、本件第一土地又は第二土地を訴外福栄産業からそれぞれ買い受け、その所有権移転登記を経由したことが、右各代表取締役としての各会社に対する善管注意義務ないし忠実義務に違反するとの原告の主張について判断する。

(一)  〈証拠〉を総合すると、原告の亡父訴外澤春蔵は、バス、タクシーなどの自動車による運輸業を営むことを目的とする訴外日本交通株式会社の創業者であり、同社およびその系列子会社の代表者を兼ねて営業を統轄していたこと、訴外福栄産業、同日交大阪および同日交整備の各社はいずれも右日本交通株式会社の系列会社に属し、澤春蔵がその代表取締役であつたこと、訴外福栄産業は、昭和二四年七月に設立されて以来、その所有不動産を日本交通株式会社の系列各社に賃貸し、右各社の施設又はその敷地として利用させることを主たる業務として経営されてきた会社であり、訴外日交大阪は、昭和二五年以来車庫として使用している建物の敷地として本件第一土地を、また、訴外日交整備は、昭和三七年以来修理工場として使用している建物の敷地として本件第二土地を、それぞれ訴外福栄産業から賃借していたこと、昭和四七年七月二四日に澤春蔵が死亡したのち、右訴外三社の各代表取締役に就任した被告は、訴外福栄産業が日本交通株式会社およびその系列会社に賃貸してその施設の敷地として利用させている土地については、これを賃借して使用している系列各社が訴外福栄産業から買い受けることによつて、土地の利用者と所有者とを一致させることが、経営を安定させるゆえんであり、また、会社が金融を受ける場合の担保として利用するのにも便利であるとの考慮から、本件第一土地を訴外日交大阪が、また、本件第二土地を訴外日交整備がそれぞれ買い受けるのが相当であるとの判断に基づいて本件売買に出たものであることがそれぞれ認められ、〈証拠判断略〉。

(二)  そして、右各土地売買契約の締結については、訴外日交大阪、同日交整備、同福栄産業において、それぞれ取締役の承認決議がなされたことは前記認定のとおりであり、右各承認決議が不公正な方法で行なわれたことを窺わせるに足りる証拠はない。

(三)  〈証拠〉によれば、訴外福栄産業の第二五期営業年度(昭和四八年四月一日から昭和四九年三月三一日まで)における本件第一土地の帳簿価格は五万二五九〇円、本件第二土地の帳簿価格は八万七四九五円であること、本件第一土地の昭和四七年度路線価更地評価額は一億〇三五〇万九七八八円、同底地評価額は三一〇五万二九三六円であり、本件第二土地の昭和四七年度路線価更地評価額は二億九〇九八万七五二七円、同底地評価額は一億一六三九万五〇一〇円であることが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はなく、したがつて、当事者間に争いのない本件第一土地の売買価格八六八四万八〇〇〇円は、同土地の昭和四七年度における路線価更地評価額の約八四パーセント、同底地評価額の約二七九パーセントであり、当事者間に争いのない本件第二土地の売買価格二億七一一一万円は、同土地の昭和四七年度における路線価更地評価額の約九三パーセント、同底地評価額の約二三三パーセントとなる。ところで、本件各土地は、訴外日交大阪および訴外日交整備が訴外福栄産業からそれぞれ賃借し、地上に車庫又は修理工場を所有してその敷地として利用しているものであることは前記認定のとおりであるから、本件各土地の売買価格を定めるに当つては、更地価格ではなく借地権価格を控除した底地価格を基準とするのが相当であり、前記認定にかかる底地としての路線価評価額と対比しても本件各土地の売買価格は相当であつて、原告の主張するように低きに失することはない。

(四)  〈証拠〉によれば、本件第一土地の売買代金の支払条件は昭和四八年九月二二日を第一回、昭和四九年三月三一日を第二回、昭和五〇年三月三一日を第三回、昭和五一年三月三一日を第四回、同年九月三〇日を最終回とする分割払であつたこと、第一回の支払額は売買代金総額の一〇パーセントにあたる八六八万四八〇〇円であつたこと、所有権移転日および登記申請日は昭和四八年九月二六日と定められていたこと、現実に所有権移転登記がなされたのは昭和四八年一〇月一日であること、したがつて、所有権移転登記の時までに支払われる売買代金は総額の一〇パーセントにとどまること、本件第二土地の売買代金の支払条件は昭和四八年一〇月三一日を第一回、昭和四九年三月三一日を第二回、昭和五〇年三月三一日を第三回、昭和五一年三月三一日を第四回、同年九月三〇日を最終回とする分割払であつたこと、第一回の支払額は売買代金総額の一〇パーセントにあたる二七一一万一〇〇〇円であつたこと、所有権移転日および登記申請日は昭和四八年一一月五日と定められていたこと、現実に所有権移転登記がなされたのは昭和四八年一一月一五日であること、したがつて、所有権移転登記の時までに支払われる売買代金は総額の一〇パーセントにとどまることがそれぞれ認められる(但し、本件各土地の右支払条件のうち、代金の支払方法がそれぞれ昭和五一年九月三〇日を最終回とする分割払であり、各土地の移転登記時の支払額が代金総額の一〇パーセントに過ぎないことおよび現実の所有権移転登記日については当事者間に争いがない)。

(五)  原告が、被告らを取締役として選任した昭和四八年五月二九日開催の訴外福栄産業の株主総会決議に瑕疵があると主張して、その取消の訴を同年八月二八日に提起し、これを本案とする代表取締役職務執行停止、代行者選任の仮処分命令を同年九月一四日に申請したことは当事者間に争いがない。

ところで、本件各土地の売買契約につき、訴外福栄産業の取締役会の承認決議がされたのが右訴の提起および仮処分命令に先立つ昭和四八年七月二三日のことであることは前記認定のとおりであり、この事実に被告本人尋問の結果を総合すると、被告は、本件各土地についての売買契約を締結した当時においても、また、これを原因とする訴外日交大阪又は訴外日交整備への各所有権移転登記を経由した時においても、被告自身又は他の取締役の地位が原告の勝訴判決確定により将来否定されることになるとは全く考えていなかつたことが認められ、〈証拠判断略〉。

以上の事実を勘案すると、本件第一土地又は第二土地の売買契約が原告の主張するように商法第二六五条の法意にそわない無効のものであるといえないことはもとより、被告が、訴外日交大阪又は訴外日交整備の各代表取締役として、その取締役会の各承認を得たうえ、右各土地を訴外福栄産業からそれぞれ買い受け、所有権移転登記を経由したことは、右各代表取締役としての会社経営に関する裁量権の範囲内にある正当な行為であるというべく、これをもつて被告の訴外日交大阪又は訴外日交整備に対する善管注意義務ないし忠実義務に違反する行為であるとは到底解することができない。

四また、昭和四八年一二月二四日、原、被告間において、訴外福栄産業が同年五月二九日以降同年一二月二四日までに行つた不動産の処分行為(本件各土地売買を含む。)を速やかに取消し、かつ、速やかに錯誤に基づく回復登記をする旨の協定が成立し、右協定に基づいて、昭和四九年一月三〇日、本件第一土地および第二土地について、それぞれ昭和四八年一二月二四日付合意解除を原因とする各所有権移転登記手続がなされたこと、その後昭和四九年五月二七日、当庁において、訴外福栄産業の株主総会決議取消請求事件(昭和四八年(ワ)第三九二五号事件)につき、原、被告および訴外福栄産業らの間において、さきに成立した協定と同旨の内容を有する裁判上の和解が成立したことは前記認定のとおりである。その結果、右各土地を訴外福栄産業から買い受けたことを原因とする各所有権移転登記手続をするに際して、買主たる訴外日交大阪、同日交整備がそれぞれ出捐した登録免許税および司法書士に対する手数料は無用の支出となり、他に右協定又は和解によつて右両社が利得をしたことのない限り、右両社はこれと同額の各損失を被つたことになるといわざるをえない。

しかしながら、両社が右損失を被つたとしても、前記三の(一)ないし(五)で認定した事実に照らすと、本件各土地の売買にはなんらの瑕疵がなかつたことが明らかであるのみならず、被告が本件各土地について売買契約を締結しその所有権移転登記を経由した当時において、本件各土地が結局は和解等によつて訴外福栄産業に回復されるべきものであり、その結果訴外両社が出捐した登録免許税および手数料が無用のものに帰することを、一般に予見することは不可能であつたというべきであり、したがつて、被告が本件各土地の売買契約を締結しその所有権移転登記を経由したことと訴外両社の被つた右登録免許税および手数料の出捐が無用のものに帰したことによる損失との間には因果関係を肯認することができないものといわなければならない。〈以下、省略〉

(首藤武兵 東條敬 池田和人)

物件目録〈省略〉

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